その関係を「キムチ」と呼ぼう。

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数年来知っている方と、はじめて二人で食事。今日は、「こころで話を」したお話を書こうと思います!


その前に…

先日、すごーく楽しいことがあったんですよ。同業者、ヨガの先生をしてる女性と、再会したんです。6年前に、稲村クラスにきてくれていた以来。

それこそ、こころで話をしました!楽しかったなー。そのときに、  


「こころで話ができる出会いかどうかってどうやってわかるのかな」

って話をしていたのですが、わかった、わかった、わかりましたよ、ゆかちゃん!

わたしは、自分からみせにいったんなら、その人がその出会いみたいです。

相手もそうかどうかじゃなく、自分から見せにいったんなら、なんです。お仕事のコラボレーションも多分そこから。永く尊いおつきあいって、自分がカッコ悪いとこ、先に見せてる気がするんです。
みなさんはどうですか?

自分から開くって怖いですよね。
見せたってはずかしくないとか、すごいと思います。ものすごく自由。

でもできないときってあります。怖いとか、居心地が悪いとか、単に嫌だとか。

だけども、それはどっちが良いでもないこころを開けないときにしかわからない痛みもあるし、痛いからこそ優しくできたりもするから。どっちがいいなんかありません。

で、今日とかこの間は、わたしは自分から開いていきました。話せば話すほど、素直になれる。言葉にするほど、かえってもくる。手ごたえ、です。

いや、今日はガツガツしてもよかったのかもしれません。打ち合わせは、ヘルスツーリズムや企業ヨガのこと。どっちも喉から手が出るほど形にしたいんですから。

だけど、わたしが選んだのは、並走する二曹のボートが、同じ方角をみつめる、空気感でした。

同じゴールをみながら、大声で語り合って、隣にいることは、顔なんかみなくて肌で感じてて。うう、人間くさい!そういうの大好き!

最近のわたしはそうやって舵取りもしないし、風も読んでないのでした。考えてみたら、どっちも超苦手ですもん。

それより、からだを思い切り使って漕いで、わあわあ笑って、きれいー!といいあいたい。そしたらそのうちまた会うでしょう。相手に何かを期待するとかではなく、また会うんですよね、楽しかった人とはね。

このこと、忘れないように名前をつけとこう。そうだな、「キムチ」にしよう!

定義はこうです。
はじめは、ただの白菜と唐辛子。
生の白菜と、生の唐辛子が、一緒にごはんをたべ、ことばを交換し、理解し、理解されてく物語です。

まあ、生モノだからじきに鮮度がおちますよね。だけど、はなれないのです。乗り換えることもしない。

すると待っているのは、発酵という名の化学反応、ケミストリーです。

発酵の先にあるのは、熟成ですね。旨味成分がふえてく。いい香りになってく。栄養もふえてく。

で、食べ頃になるものはなるんじゃない?
キムチの関係。どうですか、これ?

by iiyo-ok | 2016-09-21 16:41 | みほこライフ